脳梗塞・脳出血や整形外科疾患の後遺症に対する新しいリハビリ方法である認知運動療法(認知神経リハビリテーション)の紹介。 麻痺や痛み・しびれの回復へ向けた日々の取り組みや基本的な考え方の紹介、相談コーナーもあります。

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リハビリテーションを行う時には、それがどのような理論に立脚しているのかを理解することが重要になると思います

同じ問題に対して、立脚している理論の種類によって解釈が異なりますし、アプローチも異なります

認知運動療法は、認知理論に立脚しています

そのため、認知運動療法を臨床で行うためには、

認知理論を理解することが重要になると考えます

特に重要になるのが認知過程の理解になると思います

以下に認知過程について整理したいと思います


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認知とは、ヒトが環境世界との関係を構築していく過程であり、

その過程(認知過程)は、知覚、注意、記憶、判断、言語と言われています認知運動療法入門―臨床実践のためのガイドブックP176)

また、ヒトは認知過程の発達に基づいて学習が生じると言われています認知運動療法入門―臨床実践のためのガイドブックP25)



「ヒトが環境世界との関係を構築していく過程」

というのは難しい表現ですね

これについては、今後アップ予定の「運動の捉え方」で述べる予定にしていますが、

少し例を挙げて説明しますと・・・

ヒトの生活は、環境世界との関係を作ることの繰り返しだと思います

「座るときの椅子の座面と臀部の関係

「立つ時の床と足底の関係

「コップを取るときのコップと手の関係

などなど

環境世界と関係を作り出すためには、中枢神経系は情報を収集しなければならないと言われています認知運動療法講義P23)

上記の3つの関係を作り出すためには、

身体と環境世界(この場合は座面、床、コップ)との間から情報を収集しなければならないということです

このような「情報を収集する過程」、つまり、環境世界を「感じる」・情報を「知る」過程が

認知過程と言われています


また、認知過程の各項目は、個別に観察されるものではなく、

それぞれの関係性が重要であり、認知過程の各項目が関係し合って、

ひとつのシステムを形成している
と考えられます


環境世界との関係を構築すること、つまり、「知る」「感じる」「学ぶ」ということは、

認知過程の各項目が繋がり合った結果として生まれるものと考えられます

イメージするとこのような感じです(図1)
認知過程の図

そのため、

認知過程の各項目におけるどの項目に問題が生じたとしても、
ひとつのシステムとしての「知る」「感じる」「学ぶ」
ということが困難
になります

つまり、知覚に問題がない場合においても、注意を向けることが困難であれば「感じる」ことは不可能であり、

記憶に問題があれば「学ぶ」ことは不可能になると考えられます


認知過程の問題を評価するためには、

システムとしての認知過程の中でどの部分に問題が生じているために、「知る」「感じる」「学ぶ」といったことが困難となっているか

を明らかにすることが重要と考えます



認知過程を考えるうえで、「思考」との関係が重要になると考えます

「すべての認知プロセスにおいて、それに対応する思考があるとすれば、

                   認知プロセスに障害をきたしている患者さんは、
 
                      その思考においても障害を負っていると考えることができる」 

と言われています「認知を生きる」ことの意味―カランブローネからリハビリテーションの地平へP17)


Vygotskyは、言語は思考の道具でもあると述べています認知心理学〈4〉思考P169-170)

認知発達理論では、子供は、はじめに言葉に出すこと、

つまり外言(external speech)によって他者の行動が調整できることを理解し、

次第に自らの思考や行動を内言(inner speech )によって

調整できるようになると言われています認知心理学〈4〉思考P169-170)

つまり、発達に伴って声に出さずに、頭の中で話すこと(内言)で

思考したり自らの行動を調整するようになる


ということだと考えます


認知過程における「言語」として考えると、

環境世界の多くの情報(知覚)の中から、ある特定の情報に注意を向け、

過去の経験(記憶)の中から自分に必要な情報であるか判断するという過程においても、

「こんな感じか」「~に似ているかな」「あの時よりも…」といったように

言語を用いて思考していると考えます

したがって、認知過程とは、世界を知るための方法であり、
世界を知るための思考過程(考え方)
であると考えます



認知過程が働くということは 「認知過程を活性化する」 という言葉で表現されます

ヒトは常に環境世界と関係を構築していることから、認知過程は常に活性化していると考えます

また、訓練を通じて世界との相互関係を築く能力(認知運動療法講義P47)を回復するために、

セラピストの援助によって認知過程が適切に働くようにするという場合にも、

認知過程を活性化するという言葉が用いられます



今回、認知過程について整理してみました

不足している点などございましたら、ご指摘していただければと思います

よろしくお願いいたします


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コメント
この記事へのコメント
No title
ご無沙汰しています。松田です。
現在、半分担当している患者さん(Marinaの患者さんです)に四苦八苦しています。
最近気づいたことは当たり前なんですけど訓練が上手く行かないときは上手く訓練を進めてやろうと思っている時なんですよね。
真っ直ぐに患者さんの問題に突き進んだり、鎮まった気持ちでじっくり患者さんを見る。そして自分の訓練を振り返ってみる。そういう視点が欠けたときに本当に上手くいかなくって途方に暮れるような状況が来ます。
理論が重要であるのは疑いのないところですが、Marinaや他の先生を見ていていつも感じるところは必ず落ち着いて一つ一つ確認しながら訓練する。イタリア語ではTranquilita'(落ち着き)って言うんですけど一番重要なことじゃないかななんて思ったりします。
生野先生はどうですか?
理論的ではないかもしれないけど患者さんはなかなかこっち(セラピスト)が思ったようには思考しないですもんね。同じ言葉でも違うセラピストが使えば魔法の言葉にもなるし、雑音にもなる。
今日は少し凹んでいます。患者さんの進歩に自分が付いていけてないのを最近感じていて、当然のことですがMarinaは問題なく患者さんの問題に着実に近付くことができるのに自分は欲張って患者さんの注意を無駄遣いする事しか最近出来なくて、そのことには気づいていても、言い訳がましいけど言葉の問題があって、どの順番でどのように質問するか臨機応変に行かない。
突然現れたかと思ったら愚痴っぽくってすいません。
またもう少し具体的なことも書きますね。
それでは
2009/09/17(木) 08:40 | URL | #-[ 編集]
焦りと闘う
>松田さんv-22

セラピストが焦ってしまうとなかなか結果が出にくいことを私も感じますv-353

なかなか訓練がうまくすすまない時、焦ってしまうとついつい言葉かけが雑になってしまったり、「わからないことを患者さんの責任」にしてしまうことがありますv-393

そのような時は、決まってうまくいきませんv-356

訓練が上手くいかないときは、セラピストが立てた仮説が反証された時であり、
その時こそ、セラピストは落ち着き、改めて患者さんと向き合うことが求められるのだと思いますv-354

訓練が上手くいかず、焦った時には、落ち着いて考え直すと上手くいくことが多いように思いますv-22

患者さんを機能回復へ導く、教師としてのセラピストの役割の大切さを感じますv-352
2009/10/01(木) 07:42 | URL | 生野達也 #-[ 編集]
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